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映画『オッペンハイマー』とナショナリズムのマグマ 山田風太郎著『同日同刻』を読む【緒形圭子】

「視点が変わる読書」第12回 ナショナリズムのマグマ 『同日同刻』山田風太郎

 

◾️もしも日本も原子爆弾を開発していたら・・・

 

 これだけ力の差がある国に、日本は戦いを挑んだということだ。もしも日本が原子爆弾の開発に成功していたら、使用しない道を選んだだろうか。

 原爆投下後の811日、広島の逓信病院にはこんな虚報が流れたという。

 

「痛快なニュースが府中地方方面からはいって来た。あれと同じ爆弾が日本にもあったのだ。あまりひどいので今まで使わずに隠してあったのだ。敵が使ったからこっちも使う。帝国海軍特別攻撃隊は特殊爆弾をもってアメリカ本土を攻撃せり。未だ帰還せざるもの二機、と大本営発表があったという。(中略)病室の空気が俄かに明るくなった。みな大喜びだ。怪我のひどい者ほど敵愾心が強い。冗談が飛び、中には凱歌をあげる者さえあった」(『ヒロシマ日記』蜂谷道彦)

 

 原爆を日本に落としたアメリカには正当な理由があるのだから、それを理解すべきだと言っているわけではない。私の言いたいことは当時の徳川夢声の言葉が代弁してくれている。

 

「それにしても、敵が物凄い兵器を使用するからと言って、頭から非人道呼ばわりをすることは、日本のすることは一から十まで人道的であるような言い方は、いくら味方のことでも甚だ擽ったい。

 硫黄島でも沖縄でも、敵は青酸加里ガスを使用したそうだが、これとてもアタリマエの話だ、と私は思う。日本もまけずに、毒ガスだろうと一発万殺の新兵器だろうと使用すれば宜しい。それがやれないからというので、敵を鬼畜呼ばわり、悪魔呼ばわりは、寧ろあわれで腹が立つ。国民を何処まで馬鹿だと思っているんであろうか? もっとも国民も相当バカであることは私も近来益々痛感している」(『徳川夢声日記』)

 

文:緒形圭子

 

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緒形圭子

おがた けいこ

文筆家

1964年千葉県生まれ。慶應大学卒。出版社勤務を経て、文筆業に。

『新潮』に小説「家の誇り」、「銀葉カエデの丘」を発表。

紺野美沙子の朗読座で「さがりばな」、「鶴の恩返し」の脚本を手掛ける。

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